不揃いの本棚|001|服部一成

「不揃いの本棚」は、フラジャイルな本の持ちぬしや作り手が登場する連載企画。第一弾は、FRAGILE BOOKSのロゴマークなど、キーデザインの一切を引き受けてくれたアートディレクターの服部一成さん。お会いしていろいろな本の話題を交わしているうちに、「そういえば、ぼくのところにも、すごくフラジャイルな本があるんだけど」と言って見せてくれたのが、ムナーリの初代「読めない本」でした。


ムナーリとの出会い

ぼくが高校生くらいのときには『芸術としてのデザイン』(1973 / ダヴィッド社)とか、すでに何冊か翻訳書も出ていて、『きりのなかのサーカス』(1981 / 好学社)とか『ムナーリの機械』(1979 / 筑摩書房)なんかは、町の本屋の絵本コーナーでひときわ目立っていました。ちょうどぼく自身、これからデザイン的なことをやっていこうと思っていた時期でした。

でも、デザインに興味を持ち始めたきっかけは、ぜんぜんムナーリ的ではなくて、雑誌とかレコードジャケットとか、街で見かけるポスターとかのポピュラーなデザインをかっこいいと思っていた方でした。それが、気づいたらだんだんムナーリに惹かれていた。なんていうか、デザインのほんとうに大事な概念みたいなものだけを取り出しているように思えてきたんです。絵本にしても絵がすごくうまいというわけでもなく、プロダクトデザインにしても技術的に巧妙なことをしているわけではないのに、すごく面白いことをやっている。身の回りにあるものとアイデアだけで。そんなムナーリが好きでした。

1985年に松屋銀座のデザインギャラリーでやっていた「ダネーゼと4人のデザイナー展」(1985年)という小さな展覧会を観に行きました。大学1年生か2年生くらいの頃でした。そこでは、ムナーリが本格的に紹介されていたんです。同じ年に、いまはもうなくなっちゃったけれど、青山の「こどもの城」(正式名称:国立総合児童センター)のこけら落としのオープン記念展が「ブルーノ・ムナーリ展」でした。80年代の中頃には、ちょっとしたムナーリブームがあって、ぼくもムナーリのいろいろなデザインを意識して見るようになっていました。

服部さんが持っているダネーゼの知育絵本やムナーリの展覧会図録など。現在手に入るのは復刻版がほとんどで、貴重な一次資料の数々。


欧州鉄道一人旅へ

松屋銀座や「こどもの城」の展覧会で、ムナーリの背後にはダネーゼっていう素敵なもの作りをしている会社があることを知りました。そのダネーゼがイタリアの会社で、イタリアに行けばそのお店があるらしいことも知りました。そこが、ムナーリやエンツォ・マーリのプロダクトがたくさん手掛けていることも。そんな折に、ひとりでヨーロッパ旅行に行くことになりました。大学3年生の終わりの春休みのことです。

当時は『地球の歩き方』とトーマス・クック社の赤い時刻表を手に握りしめ、鉄道乗り放題の「Eurail Pass(ユーレイルパス)」を使ってヨーロッパを周るのが大学生の定番でした。『地球の歩き方』はいまとはだいぶ雰囲気が違っていて、バックパッカー的にいかに安く旅するか、というようなことを細かく書いてくれていました。80年代後半の日本は景気もよく、円がどんどん高くなっていたのも、幸いしました。ぼくはロンドンから入って、バックパッカーのような欧州ひとり旅に出かけました。


偶然のめぐり合わせ

ロンドン経由でいくつかの都市を巡り、最後に辿り着いたのがイタリアでした。いろいろな建築を見てみたくて、各都市を歩きまわりながら、それぞれの土地で本屋さんを見つけたら、ひとまず入ることに決めていました。当時はスマホもインターネットもないから、ほんとうに手探りで歩き回っていたんです。本屋さんに行けば、何か見たことのないものがあるっていう感じでしたね。

それで、フィレンツェの街を歩いているときに、運命的な出会いがありました。偶然立ち寄ったフィレンツェのお店のウィンドウに、小さなカードを見つけたんです。そのカードには「MILANO PIAZZA S.FEDELE 2 DANEZE」と書いてありました。ぼくには、それがダネーゼ本店の住所だということがすぐにピンときました。急いでその住所をメモしたのを覚えています。ちょうどフィレンツェの次は、ミラノへ向かう予定だったので、導かれるようにミラノに到着してさっそく書き留めた住所をたよりにに行ってみたら、サンフェデーレ広場という、ミラノ中心部の小さな広場にありました、ダネーゼが。

ミラノで撮影したダネーゼのお店。撮影:服部一成

ミラノのダネーゼ旗艦店

思っていたよりもずっと小さなお店で、営業しているのかどうかわからないくらい店内も暗くて、どうしようかなとちょっと躊躇しましたが、せっかく来たんだし、とりあえずドアを押してみたら、鍵はかかってなくて中に入れました。たしか1階と地下があって、1階にポツンと座ってタイプライターを打っていた事務のおばさんみたいな人に「どうぞ」という感じで迎え入れられました。いま思えば、そのおばさんがダネーゼ夫人だったんじゃないかな、という気がします。

他にはお客さんは一人も入って来なかったので、時間をかけていろいろと見せてもらいました。ムナーリの « PIU E MENO / プラスマイナス » とか、エンツォ・マーリのカードブックとか、マーリは本以外にもペーパーナイフとかもここで手に入れました。たどたどしい英語で、日本から来ましたって言ったら「よく来たねぇ」っていう感じで、いろいろ丁寧に説明してくれて、帰り際には、福田繁雄さんの私家版『Romeo and Juliet』(1965年)をお土産に持たせてくれました。福田さんはムナーリにすごく影響を受けたデザイナー(前述の「こどもの城」のムナーリ展の図録は福田繁雄が担当した)で、親交もあったから、その本をダネーゼで取り扱っていたみたいです。

これがそのとき買ったものを包んでくれた包装紙。で、それを入れる細長い透明のショッパーが、なんだかとてもいいんだよね。(包装紙にはMILANO PIAZZA S.FEDELE 2 DANEZEという住所が印刷されている)

ダネーゼでお土産にもらった『Romeo and Juliet』は世界に数百部しかない福田繁雄の私家版。ロミオとジュリエットの感情や場面の緊張感を心電図のような線や図形で表現している。福田繁雄 (1932-2009) は「日本のエッシャー」とも呼ばれたグラフィックデザイナーで、ムナーリに大きな影響を受けたひとり。

ムナーリの『読めない本 白と赤』

そうした背景があって、ムナーリの『読めない本 白と赤』と出会ったわけです。これはフラジャイルもフラジャイル。つくりもそうですが、包んでいる紙が、いまにも壊れそう。出会ったのは2000年代の前半、ちょうどライトパブリシティを辞めて独立した頃でした。ワタリウム美術館の地下のオン・サンデーズに降りていく階段の途中で、この本が展示されているのが見えて、もともとこの本の存在は知っていたけど、包みにそそられました。手に入れたときは、わりと状態も新しかったのけれど、人に見せたりしているあいだに、包んでいる紙がボロボロになってしまいました。包み紙には安価な紙を使っていたみたいで、またそこがいいんだけれど、乱暴に扱わなくても時間が経つとこうなるんでしょうね。

奥付には構想された年の1953年と実際に刊行された1964年が入っています。包みのおもて面には、ムナーリのプロフィールとこの本の紹介文が手書きされています。8つの面に8つの言語で。日本語を手書きしたのは、グラフィックデザイナーの大智浩(おおちひろし)。中身の本もこれはこれで完成したすごく面白い本なのだけど、それをちがう遊びごころの包装紙で包んだこの感じがとくに好きです。

ゆっくり、そーっと。破れないように、ひと折り、ひと折り。包みには8カ国語の言葉が画面いっぱいにデザインされているのに中身の本体には文字がひとつもないというコントラスト。

ブルーノ・服部・ムナーリ・一成

デザインの仕事をしていると、もうムナーリがぜんぶやっちゃった、と思うことがあります。デザインで思いつくのことの原型は、ぜんぶ、ムナーリがやっちゃってる、という。それに、あの誰でも作れちゃいそうに思わせている感じ。絵もじつはものすごくうまいんだけど決してそういう風には見せず、アイデアがあればこんなに面白いものが作れるよって言っている感じ。結果的には特別なものを作りたいんだけど、高級な材料とか高度な技術とかそういうことではない。身の回りのものでも、発想ひとつですごく面白いものが作れるという、そういうムナーリのスタイルにすごく惹かれるし、ぼくのデザイン観も影響されてきたとおもいます。櫛田さんと一緒につくった『Paper Cats』も、紙だし、誰でもできそうな感じになっていますよね。

<関連商品>
Paper Cats / 服部一成
Paper Cats Poster / 服部一成
記念切手「ペーパーキャッツ」


聞き手:櫛田 理

不揃いの本棚|001

Un Libro Illegible Bianco E Rosso
Bruno Munari
De Yong
1964(Planned in 1953)

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Profile

服部一成 / Kazunari Hattori

グラフィックデザイナー。1964年東京生まれ。1988年東京芸術大学美術学部デザイン科卒。ライトパブリシティを経てフリーランス。主な仕事に「キユーピーハーフ」「JR東日本」の広告、雑誌『流行通信』『真夜中』のアートディレクション、エルメス「petit hのオブジェたち」の会場デザイン、「三菱一号館美術館」「弘前れんが倉庫美術館」のロゴタイプ、ロックバンド「くるり」のアートワーク、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』『仲條 NAKAJO』の装丁など。主な書籍に『服部一成グラフィックス』『服部一成(世界のグラフィックデザイン)』。毎日デザイン賞、亀倉雄策賞、ADC賞、原弘賞、東京TDCグランプリなどを受賞。