2¹¹ / 2の11 乗
Bibliographic Details
- Title
- 2¹¹ / 2の11乗
- Artist
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Editor
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Designer
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Publisher
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Year
- 2023
- Size
- h220 × w350 × d mm
- Pages
- 52
- Language
- English / 英語
- Edition
- 25 copies with consecutive Arabic numerals and 4 copies with consecutive Roman numerals
- Condition
- New
concept, design, printing and binding: Veronika Schäpers text encryption: Prof. Dr. Jörn Müller-Quade and Dr. Jeremias Mechler, KASTEL, Karlsruhe Institute of Technology photography: Blaffert/Wamhof, Nicole Blaffert and Franz Wamhof two-point perspective: Anja Grunwald letterpress from polymer plates on Toshaban ganpi paper, Bicchu ganpi paper and mitsumata paper M41 cover made from kozo paper and Enduro Ice paper with title embossing three-part puzzle slipcase with title embossing, made by Buchbinderei Mergemeier in Düsseldorf. 52 pages, 22 x 35 cm. Karlsruhe, December 2023
名前はけっして明かせないが
ある有名な日本の小説を完全に暗号化し、
まったく別の本が誕生した。
ドイツ人アーティスト、ヴェロニカ・シェパスの新作はまたまた傑作だった。
『2の11乗』は、これまでのヴェロニカ作品とおなじように、文学的なテキストに触発されてはじまったのだが、完成するまでには奇妙な道をたどってきた。事の発端は10年以上前に遡る。
ある日本の短編小説に惹かれた彼女は、それをドイツ語に翻訳し少部数のブックアート作品のための原文にしたいと思った。許可を取るために、日本の出版社に問い合わせたが、どうも雲行きが怪しい。その版元は彼女のひたむきで熱心な交渉をことごとく拒絶し、終いには「小規模で芸術的な出版に意義を感じない」と一刀両断。ヴェロニカ、ほんとうに申し訳ない。それでも彼女は諦められず、ドイツ語翻訳者と共に、故人である著者の相続人に直接連絡を試みた。しかし何度連絡をしても、一度も返事がこなかった。こうして、本件は、華々しい彼女のキャリアで初めて、そして唯一棚上げせざるを得なくなったプロジェクトとして、にがにがしい経験となったのである。
2022年の夏、コロナ自粛期間中ということもあり、彼女は自身の作品アーカイブを一斉に整理していたところ、棚上げしていたこのプロジェクトのための膨大な準備資料と再会したのである。手の中に収まりきらないほどの資料を前にして、「どうにか実現する方法を見つけたい」と彼女の職人根性がふたたび再燃したのだった。
ここからがヴェロニカの快進撃だった。著作権を一切侵害することなく、本として成立させるために、いかに原作を料理するかという奇妙な難問に取りかかった。彼女は、じつにさまざまな実験をおこない、最終的にはテキストを暗号化することを思いついた。ついで、カールスルーエ工科大学の暗号学教授であるイェルン・ミュラー・クエード(Jörn Müller-Quade)を訪問し、暗号化する方法を発見したのだった。暗号化の工程はクエード先生の言葉で説明すると次のようになる(!)。
1. 2人の異なる人物によって作成された2つのパスワードがインポートされ、適当(ランダム)に組み合わされる。 バイナリ・キーが作成される。
2. テキストがインポートされ、コンピュータのメモリーにバイナリ・オブジェクトとして保存される。
3. テキストは圧縮される。 圧縮されたテキスト(これもバイナリオブジェク ト)と圧縮されていないテキスト(バイナリ)のどちらが短いかを比較する。 短いほうをさらに処理する。
4. このプレーンテキストに対して別のパスワードが導き出され、暗号化される。 暗号テキストはバイナリである。
5. 暗号文は11ビットのブロックに分割される。 2048=「2の11乗」エントリーの日本語または英語のリストでは、0~2047の各数字に1つのブロックが割り当てられる。 各ブロックについて、11ビットの値は数字nとして解釈され、辞書のn番目の単語が表示される。 このリストは、コンピュータが生成した偶然の一致を読みやすいテキストとして書き写すために使用できる。 結果は、個々の用語の長いシーケンスである。
暗号化された後に自動生成された単語たちは、ページの上に等幅フォントで印刷され、互いに何の関係もない。 そのため、読者に一連の連想や示唆をもたらすことを可能にした。
ということらしい。ヴェロニカは原文テキストと合わせて図像と色彩も暗号化のための構成要素として取り入れた。図像は、大小さまざまなオブジェのコラージュを10点、これらはすべて原作中に登場するモチーフで、ヴェロニカが原作を読んでいて感じた印象に近いものが選ばれた。写真はブラファート・ワムホフに撮影を依頼し、彼女はそれらをすべて、実際のプロポーションに関係なく同じフォーマットに流し込み、拡大縮小した(まるでMonospaceフォントのように)。 暗号化されたテキストと同様に、それぞれの要素は識別が可能だ。ここには元の物語はないが、暗号化された単語をみていると、カットアップの手法のように、ときどき挑発的な単語が偶然隣り合ったりして興味深い。
色は、色彩の積層とでも言えようか。20の色相を4ページにわたってストライプ状に印刷してある。これらの色も原作を読んだ際に彼女がイメージした色合いを忠実に再現しているそうだ。オブジェと同様に、彼女のみずみずしい観相を視覚的に表現している。
造本については、図像、テキスト、色の積層、この3つの構成要素が、すべて異なる和紙に印刷され、それぞれの紙は版画の異なる特徴に対応している。本体は、暗号化された著者名とタイトルをエンボスで施した半透明のカバーで包まれている。そのカバーには、アンニャ・グルンヴァルトによって2点透視図法でインテリアの一部が描かれている。この和室の一隅も、原作からのインスピレーションなのだという。カバーもまた物語に関連しているのだ。スリーブケースは、3つのパーツが磁石で固定されるしかけで、中の本を出すには一度解体しなければならない。こうして、暗号の解読と本の解体のプロセスは、身体的にもこの本を支えているのである。
カバーには、『2の11乗』という数字がエンボス加工されている。じつは、原書タイトルを暗号化したら今度は非常に長くなってしまったため( grain morning raccoon peace job barrel hamster nature exercise unable fire crush image patrol pony aerobic key pet ship squeeze bargain move again ability )、その代わり暗号化されたバイナリコードを個々の単語に翻訳するために彼女が使用した辞書の単語数、つまり「2の11乗」を採用したのだそうだ。