Sweet was the Song the Virgin Sung

Bibliographic Details

Title
Sweet was the Song the Virgin Sung
Author
Ben Shahn / ベン・シャーン
Artist
Ben Shahn / ベン・シャーン
Publisher
Museum of Modern Art(MOMA)
Year
1956
Size
Book: h80 x w130 x d4 mm / Case: h88 x w133 x d11 mm
Weight
book 20g / with case 30g
Pages
33 page
Language
英語
Binding
ソフトカバー/表紙は羊皮
Materials
エドワード・E・カッツによるイタリア製手漉き紙
Edition
Edition limited to 275 copies
Condition
Good

ひもで留められた金箔のボール箱も付属しますが、ひもの留め具が完全な状態ではありません。同名の普及版がTHE ODYSSEY PRESSから1965年に刊行されているが、これはMOMA(ニューヨーク近代美術館)から1956年に出版された限定275部のうちの一冊。

弱々しいのに、神々しい
ベン・シャーンの楽譜絵本。
MOMA, 1956

羊皮に包まれた表紙。細い黒紐を手縫いした簡素な製本。それなのに、貧相ではなく、むしろ、その佇まいには、けだかい品格を感じる一冊。

ベン・シャーンのふるえるような線で描いた楽譜と挿絵イラストが、イタリアのハンドメイド・ペーパーにモノクロ印刷されています。この紙がまたよい。ドライなコットンペーパーのようで、そのシャリシャリとした手触りがなかなかよいのです。

書名にもなっている「Sweet was the Song the Virgin Sung(聖母の子守歌)」は、作者不明の古い讃美歌です。別名「Lute-book lullaby(リュートの子守唄)」とも呼ばれていて、もともとはリュートの伴奏がつくソロ曲でした。リュートというのは、中近東ではウード、日本では琵琶にそっくりなかたちをした、卵を輪切りにしたような楽器で、おなじように弓を使わず、弦をはじいて音を出す撥弦楽器です。このリュートの子守唄は、17世紀初頭にリュート奏者のウィリアム・バレエによって編集されて定着し、現在はキリストの誕生日に歌われることもある古曲です。

歌詞にはいろいろなバージョンがあるようですが、参考までに一例をあげておきます。この歌詞もベンシャーンは楽譜とあわせて図案化しています。

Sweet was the song the Virgin sung,
When she, when she to Bethlem Juda came,
And was deliver'd of a Son,
That blessed Jesus hath to name.
Lulla, lulla, lula, lullaby,
Lula, lula, lula, lullaby, sweet Babe, sung she,
My Son, and eke a Saviour born,
Who hast vouchsafed from on high
To visit us that were forlorn;
Lalula, lalula, lalulaby, sweet babe, sang she,
And rockt Him sweetly on her knee.

ところで、ベン・シャーンの画業には、みずからの体験に根ざした、弱さへのまなざしが、通奏低音のように響いています。アーティストとして自立するまでに、いろいろな苦難がありました。リトアニアのカウナス(旧ロシア帝国コヴノ)で貧しい木彫職人の子どもとして生まれ、ユダヤ人迫害を逃れるために家族全員でニューヨークに移住。故郷を追いやられて移り住んだブルックリンでは、移民の肉体労働者や失業者がわんさかあふれていて、自らもそのうちの一人として泥水をすするような底辺を生きた。石版画工房で働きながら、独学で美術を学んで、やっとのおもいで、好きな絵を描いて生活ができるようになっていく。そりゃ、線もふるえます。視線の先にいる弱者の内なる声がバイブレーションとなって彼の指先に伝わっているんですから。

本書は、MOMA(ニューヨーク近代美術館)から1956年に発表された限定275部のうちの一冊。ちょうどその年、ベン・シャーンはMOMAで開催された「アメリカ近代美術:絵画、彫刻、版画」に出品しているけれど、この本との関連はわかっていません。

それにしても、うつくしい小品です。
今後も、晩年にムルロー工房でつくられたリルケ『マルテの手記』リトグラフ作品や第五福竜丸をテーマに描いた「ラッキードラゴン」シリーズなど、折をみてベン・シャーンは、取り上げてみたい作家です。


Text by 櫛田理