紺紙縞帳 / Shimacho on indigo paper

Bibliographic Details

Title
Swatch of striped fabric on indigo paper / 紺紙縞帳
Artist
Anonymous / アノニマス
Images
368 pieces of cloth / 368枚の端切れ貼り込み
Year
Edo Period / 江戸時代
Size
h210 × w160 × d20 mm
Weight
160g
Pages
20 pages
Binding
Bound in Japanese style / 和綴じ製本
Materials
Japanese paper / 和紙
Edition
Unique / 一点物

縞帳は、
糸で綴った
文字のない日記

今回は、銀座の潮音堂さんから届いたフラジャイルな逸品を肴に
「縞帳」というものを紐解いてみたいと思います。

「縞帳」というのは、使い古された大福帳をリサイクルするなどして、縞木綿のハギレを数十枚から数百枚ほど貼り付けたサンプル帳のことです。たいていの縞帳には、切手大の生地が隙間なくびっしり貼り付けられていて、タイトルやキャプションやノンブルは、ありません。むろん、目次も奥付も索引もない。無言の本なのです。それでも、この謎めいた生地見本を眺めていると、何をか語ろうとしているような気がして、ひとたびページをめくると目を離せなくなります。

無造作に貼り込まれた縞柄は、千筋、万筋、みじん筋、子持大名、重ね格子、味噌こし格子、翁格子、網代格子、絣縞、など多岐にわたり、ふたつとして同じ模様はありません。偶然できた出来縞、変わり縞、重ねの案配もおもしろく、織り手による即興のクリエイティビティが躍動している。FRAGILE BOOKSのコレクションとして殿堂入りしている「伊勢暦に貼り付けた縞帳」は大福帳の替わりに年間カレンダーの「伊勢暦」を用いたもので、あれも変わり種でしたが、今回の「紺紙縞帳」もかなりの珍品です。この一冊は、ご覧のとおり、藍染めした薄紙を、縞木綿のハギレの上から貼り込んでいるのが特徴で、その効果で、紺の背景から縞模様の一点一点が浮かび上がってきます。まるで、中尊寺の「紺紙金銀字交書一切経」をおもわせる品格さえ備わっていて、はじめて見たときには驚きました。ただ、途中で力尽きたのか、そこまでやる必要を失ったのか、または紺紙が無くなったのか、最後の数ページは紺色の薄紙が貼られていません。

ところで、このような「縞帳」は、だれが何のためにつくったのでしょうか。

江戸から昭和のはじめまで数百年間にわたって、農村、山村、漁村でつつがなく生活していた主婦たちこそ、縞帳を伝承した無名の作者でした。一見、なんの変哲もない綴本に見えますが、貼りキレの種類は、自家機のキレにとどまらず、近隣や仲間と交換したキレや外国の珍しいキレにまで及んでいるものが多く、縞帳は、親から子、子から孫へ代々それぞれの家でたいせつに保存されてきました。どうしてそれほどまでに、縞帳が大事にされてきたかというと、それがたんなるスクラップ帖や趣味のアルバムではなくて、一家のくらしを支える力を持っていたからです。

柳田國男は『木綿以前のこと』で木綿の登場は「衣料革命だった」と書いています。日本の農家が綿を栽培し、糸つむぎと織りに精を出すようになるのは、江戸時代からのことです。幕府が木綿を換金作物として大目に見たおかげで、それまで現金収入を得られる道などほとんどなかった農家にとって、木綿は家計を扶けるおおきな手段になった。どれだけの収入があったかというと、幕末の記録では松坂木綿の卸価格は六反で1両。農繁期には織物をしていけない法律があったとはいえ、一年の内10ヶ月は織りに専念できた。平均で一ヶ月あたり六反が仲買人に売れて、年間六十反で10両の売上になったという。半分だけが利益として残ったとしても、年間5両という大金が収入になったわけです。この仲買人が買うか、買わないか、が一家の明暗を分けた。アットホームな商談の場とはいえ、欠かすことのできなかったサンプル帳が「縞帳」だったというわけです。

縞帳には、まだまだ紐解くべき「縞の物語」があります。縞は「島」であって、もともとは海の彼方の「島」から渡来したということ。だから、「サントメ」あるいは「唐桟(とうざん)」と呼ばれる模様はインドの「セント・トーマス(St.Thomas)」という港の名前が転じたこと。利休が仕覆に用いた間道は中国の「広東」に由来すること。縞は、中世ヨーロッパでは死刑執行人や売春婦などが着たスキャンダラスな模様だった一方で、江戸の町ではもっとも粋でおしゃれなファッションだったこと。縞柄は、中国にはないのに、日本ではどこにでもあること。この辺りの話は、また今度「縞々な本」を取り上げる際にでも、ご案内します。

縞帳は、名状しがたい逸品です。こんなものは、日本にしかないでしょう。それぞれの一冊に綴じられているのは、女性たちが、畑仕事と家事、子育て、そして機織りと、忙しくはたらきながら情熱を傾けた縞模様の数々です。縞帳は、糸で綴られた文字のない日記であって、女たちのブルースなのです。

Text by 櫛田 理


【参考書籍】
・吉本嘉門『筋・縞・格子紋様図鑑』グラフィック社(1976)
吉本嘉門『和・更紗紋様図鑑』グラフィック社(1976)
・竹原あき子『縞のミステリー』光人社(2011年)
・懐古裂研究会『むかしもめん縞帳』京都書院(1974年)