Cape of the North / 北の岬

Bibliographic Details

Title
Cape of the North / 北の岬
Author
Kunio Tsuji / 辻邦生
Publisher
湯川書房
Year
1969
Size
h290 × w217 × d15mm
Weight
550g
Pages
41
Language
Japanese / 日本語
Printing
Takayuki Suzuki / 鈴木敬之
Edition
115 / 180

なんてことのないのに
うつくしい本。

嗚呼、なんて心地よく、うつくしい本だろう。
本づくりは、ついついリキミが出たりして「なんてことのない」本を仕上げることは、思っているより難しい。はじめての出版物では、なおさらのことである。

湯川成一はデザイナーではなかったし、文筆家でもなかった。だからこそ、「なんてことのない」うつくしい本が作れたのかもしれない。この本は、彼が湯川書房を立ち上げて、最初に作った一冊である。

この本は、戦後日本の限定本出版界をリードした湯川書房(1969-2008)が刊行した記念すべき第一冊目で、1969年に限定200部で上梓された。装本は発行人でもある湯川成一(1937-2008)、印刷は鈴木敬之、製本は植田由松が手掛けた。装本はもちろんのこと、この200冊は、印刷も製本も人の手によるのだ。2023年1月、神奈川県立近代美術館開催された「美しい本-湯川書房の書物と版画」展で一目惚れしてしまった。物語は、日本に婚約者がいる留学生の「私」が異国の地で修道女と出会い、恋におち、永遠の光に照らされた至純の愛への覚醒を描いたもの。清楚ながらも強靱さがある本のおもむきは、作品のもつ魅力にもどこか通じている。本紙には耳つきの越前産別漉局紙がつかわれている。

限定200部のうち、1から20番までの20部は著者および刊行者の私家本とし、21番から200番までの180番が頒布された。本書はその115番。

証券会社に勤めていた湯川成一はこの本と、小川国夫の『心臓』の2冊を刊行し、限定本のプライベートプレス「湯川書房」を立ち上げた。湯川成一は装本の道に進んだきっかけをこう話している。
「ステファヌ・マラルメ『半獣神の午後』初版本への愛着を綴られた鈴木信太郎の随筆に出会った。このマラルメの世界的に著名な本をいまだに見る機会がないのだが、鈴木信太郎の文章を読んでから、想像の『半獣神の午後』が脳裏にこびりついて、妙なことに見もせぬ一冊の書物が結果的には装本に手をつけさせる発火点のようなものになってしまった。」(『季刊銀花』第十四号(1973年6月30日))鈴木信太郎(1895-1970)は日本仏文学の草分け的な存在で、マラルメ(1842-1898)研究の第一人者でもあり、東大名誉教授にもなっている。鈴木家の書庫のステンドグラスには「世界は一冊の美しい書物に近付くべく出来ている」というマラルメの言葉が刻まれていたという。

刊行元の湯川書房は、湯川成一が1969年に大阪市で設立した出版社で、作品選定から装丁、造本に至る全ての工程を1人で手がける限定本を専門にしていた。湯川氏は証券会社の会社員だったが、工芸としての本の美しさに目覚め、「文学にふさわしい装いをさせたい」と、独学で製本の世界に入った。湯川書房を設立した69年に、本書、辻邦生氏の「北の岬」を刊行したのが最初。いずれも表紙のデザイン、印刷する紙、文字のフォントなど作品に合ったものを選び抜いて作り上げた本ばかり。部数は100~150部程度で限られた人に販売するという手法を取っていた。湯川書房を支援する書籍収集家らによって「72倶楽部」も発足。京都市に移転後も、事務所にはいつも文学者や美術家が集って芸術談議に花を咲かせ、さながらサロンのようだったという。2008年、湯川氏の死去で書店の活動を終えた。

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