Die Forelle
Bibliographic Details
- Title
- Die Forelle
- Artist
- Yasutomo Ota / 太田泰友
- Year
- 2014
- Size
- h158 × w338 × d42mm
- Weight
- 1.3kg
- Language
- ドイツ語/German
- Printing
- リノリウム版画、デジタル印刷
- Materials
- 厚紙、麻糸
- Edition
- 10
- Condition
- new
もしも、本が水だったら。
« Die Forelle »
2014
「水」というコンセプトから生まれた、太田泰友の代表作。フランツ・シューベルト(Franz Peter Schubert, 1797年1月31日 - 1828年11月19日)の歌謡曲『鱒(Die Forelle、1817年)』の詞を題材とした作品です。
綴じられた背の部分を持って、左右に振ってみると、全体がしなやかにまるでさざ波のように揺れ、いまにも水滴とともに鱒が飛び出して来そうなほど。竹簡を模した白いページの上には、リノリウム版画で表現された鮮やかな鱒がページをめくる度に輝き、シューバルト(Christian Friedrich Daniel Schubart、1739年3月24日 - 1791年10月10日)の作詞した歌詞が、ドイツ語で作品全体に散りばめられています。
「水」の表現手法として作者が選んだのは、構造でした。古代中国で用いられていた竹簡と西洋の伝統的な本の形を連想させるコプティック製本の両方を用いて、これまでにない独自の構造を生み出すことに成功しています。紙を3枚貼り合わせることで、竹のように丈夫で竹よりも軽くしなやかな仕上がりを実現し、本来巻物状に収められる竹簡を、敢えて綴じることでまったく新しい書物のかたちを立ち上がらせました。一方の端を綴じたことで軸が発生し、安定して自立するため、ページごとに自由自在に角度を変え、その造形美をたのむことができます。
« Die Forelle »の制作工程で最も特徴的なのが、1枚の竹簡(短冊)の構造です。1枚のページの強度を保証するため、また、印刷の工程の問題を解決するためには、3枚の紙を貼り合わせる必要がありました。印刷工程では、8mm幅の短冊の中で、わずか1mmでも中心がずれると大きな影響が出てしまいます。特に、文字の入るページにおいては、小さい文字が必ず短冊の中心に合わなければ成立せず、それぞれの面を印刷した後に、自らの目と手をもって両面を合わせて貼る以外に方法はありません。
本来、竹簡が示すのは中国や日本に代表される縦書きの方向性です。本作は、この規範に反して、ドイツ語で書かれたシューバルトの「鱒」の歌詞を、そのまま横書で採用しました。その結果、構造と内容の相互の進行方向が、文字通り戯れ、交差することで、新たな本とタイポグラフィのアプローチについて可能性を導き出しています。
その構造と内容の交差から、文字の進行方向について思考させられる本作では、縦書き用のフォーマットに横書きのドイツ語を乗せることで、文字の進行方向を強く意識させられます。「鱒」の歌詞は、基本的には竹簡の短冊の中で下から上に向かって進行しており、中のページは左から右に向かって進みます。この方向性は、ドイツ語の本の背中にタイトルを縦長に入れる場合、一般的には下から上に向かって読むように配置されることに起因しています。
本作は、作者の最大の特徴とも言える、身体的な本の捉え方が最も突出している作品のひとつで、日本の繊細な感性や、精度の高い技術性をうかがい知ることが出来ます。
Text by 乙部恵磨