稿本 悲しき玩具 / 石川啄木

Bibliographic Details

Title
Autograph Edition of Kanashiki Gangu / 稿本 悲しき玩具
Author
Takuboku Ishikawa / 石川啄木
Editor
Shozo Saito / 斎藤昌三
Designer
Shozo Saito / 斎藤昌三
Director
Zenmaro Toki / 土岐善麿
Publisher
Shomotsutenbo-sha / 書物展望社
Year
1936
Size
BOX: h215 x w180 x d18 mm / BOOK: h204 x w160 x d7 mm
Weight
490g
Pages
144 pages
Language
Japanese / 日本語
Binding
Softcover (with a folding case &BOX ) / 本体並製、帙、函
Edition
Limited edition of 300 copies / 限定300部

人がみな
同じ方角に向いて行く。
それを横より見てゐる心。

啄木が「陰気なノート」と呼んだ手書きのノート原本をそのまま複製した一冊である。このノートに書かれた草稿から、『一握の砂』に次ぐ2冊目の歌集ができるはずだった。が、出版を待つことなく肺結核で夭逝。26歳と2ヵ月、あまりにも短い命だった。病床の啄木からこの手稿本を託された親友で歌人の土岐善麿(哀果)の手許にあってさいわいにも関東大震災をくぐりぬけ、300部の限定肉筆本として没後25年の節目に書物展望社から出版された。ちなみに、お正月の風物詩である「駅伝マラソン」は、この土岐善麿が新聞記者時代に発案した「東海道駅伝徒歩競走」に由来する。

それにしても、この本に魅了されてしまうのは、その持ち触りから印刷の再現まで「きっとこんなノートだったのだろう」と感じさせるリアリティにある。見開きの右ページを空けるスタイル、一首を3行に分かち書きするクセ、句読点やエクスクラメーションマークの入れ方、字下げのリズム。鉛筆で啄むように書いた筆跡はもちろん、余白や行間にいたるまで、そうとう生々しく、草稿に意匠が宿っている。

だからかどうかは分からないが、本書には、読みやすいように活字で組んだ現代文や脚注などはない。この本は編集もデザインも、余計なことを一切加えなかった。最初から最後まで、土岐がうけとった「灰色のラシャ紙の表紙をつけた中版のノート」のおもかげを守っている。そのまっすぐな眼差しは、みずから詩篇を整理することも、訂正する機会もなく、書物になったのを手にすることもなく逝ってしまった亡き親友への敬意とも追憶ともとれる。

よく見れば本文用紙には透かしが入っていて、「MOSES SUPER FINE」と「モーセの肖像」のウォーターマーク入り高級紙を使用している。粗末な紙にしたら、それこそたちまち劣化してしまうから、これ以上「陰気」にならないように願ったのかもしれない。編集者兼発行人でこの本の造本を手がけたのが斎藤昌三というのも、味わい深い。およそ本には使わない竹皮や番傘などを装幀に用いる風変わりな造本趣味で知られる斎藤昌三の、もっとも地味な出版物のひとつに挙げられるだろうけれど、そこがまたいい。こういう奇を衒わない仕事もできるんです。

圧巻なのは、本書のさいご。20ページを超える「書かれなかった空白のページ」がそのまま綴じられている。この一冊は、特別な技工を凝らした本ではないし、函の中の帙で包まれたノートは、質素で弱々しいけれど、これほど生々しく画期的な造本設計は類例がない。



Text by 櫛田理


Out of Stock