A Rose is a Rose is a Rose is a Rose

Bibliographic Details

Title
A Rose is a Rose is a Rose is a Rose
Artist
Jasper Johns / ジャスパー・ジョーンズ
Publisher
Stadtisches Museum Mönchengladbach / メンヒェングラートバッハ市立美術館
Year
1971
Size
w205 x h160 x d35 mm
Weight
140g
Language
German / ドイツ語
Binding
original cardboard case / 専用の紙箱
Edition
Number 170 of a limited edition of 550 copies / 限定550部の内170番
Condition
very good

The special box contains a waxed plastic rose and three rolled scrolls inside. The first scroll contains a preface (in German) by Johannes Cladder, the curator of the exhibition, and a short essay by Gertrude Stein on the poem "A rose is a rose is a rose is a rose" (which is also the title of the book), the second scroll contains a list of 131 works of the exhibition, and the third scroll contains a banner advertisement for Jasper Johns' "Light Bulb" works.

ドイツの美術館が
展覧会図録の代わりに発行した
持ち帰れる美術品。

この箱の本は、1971年にメンヒェングラートバッハ市立美術館で開催されたジャスパー・ジョーンズ展「Das graphische werk 1960-1970」のために制作されたカタログ兼マルチプル作品です。本であるかどうかもあいまいな代物ですが、本未満で本以上の本を紹介しているフラジャイルブックスにとっては、歴史にのこる逸材です。

内容は、蝋引きされたプラスチックの薔薇と3つの巻物が入っています。巻物の1枚目は同展をキュレーションしたヨハネス・クラダースによる序文(ドイツ語)とガートルード・スタインの詩(バラはバラでありバラでありバラである)に関する短いエッセイ、2枚目は131点に及ぶ展示リスト、そして3枚目はジャスパー・ジョーンズの「電球」作品のバナー広告。書名の «A Rose is a Rose is a Rose is a Rose» は、ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)の『聖なるエミリー(Sacred Emily)』(1913年)からの引用で、日本語に訳すと「バラはバラでありバラでありバラである」という詩文になります



ジャスパー・ジョーンズの展覧会タイトルは「Das graphische werk 1960-1970(グラフィック作品 1960-1970)」というもので、その展覧会のカタログ兼マルチプルとして発行された本書は「バラはバラでありバラでありバラである」なのです。通常、メインである展覧会の補足として存在することが多い「展覧会カタログ」あるいは「図録」の位置づけからはかなり逸脱しているように見える本書。こんなに独立した存在であっていいものなのか。展示内容と関係ないじゃん。と、そんなまっとうな批判には一切お構いなしの図抜けた企画力。

現地では「ボックス・カタログ(通称:Kassetten)」と呼ばれているこの箱の本は、ジャスパー・ジョーンズの本書を含めて、11年間のあいだに35冊がメンヒェングラートバッハ市立美術館から発行されました。キーマンは、発行人でありプロデューサーのヨハネス・クラダースという館長さんです。

クラダースは、あたらしい美術館のスタイルを模索した先駆的なキュレーターでした。1968年には「anti-musuem(反美術館)」というエッセイで「物理的な壁を取り払い、精神的な家を構築すること」こそが来たるべき理想の美術館である、と早々宣言しています。つまり、権威的な建築物の中に置かれるから「アート」なのではなくて、人とのコミュニケーションのなかにこそ、アートの真価を見出したかった。そのために、美術館はむしろ邪魔をしているのではないか、とさえ考えた。その後、長い時間をかけてクラダースは「anti-musuem(反美術館)」を実践します。

1967年、クラダースはドイツのメンヒェングラートバッハ市立美術館(現・アプタイベルク美術館)の館長に就きました。そして、この小さな町の市立美術館で、「反美術館」の狼煙をあげる初めての展覧会を企画します。それはヨーゼフ・ボイスの美術館での初個展でした。退役軍人のボイスは当時46歳で、ゲルハルト・リヒターやアンゼルム・キーファーを輩出したデュッセルドルフ芸術アカデミーの彫刻科の教授として教鞭をとっていた時期で、アーティストとしてはまだ無名でした。しかも、ボイスは入学試験を廃止して、定員のために入学できなかった142人全員を自分のクラスに受け入れると断固主張して学校からクビになる寸前。とにかく20世紀を代表する芸術家としてはまだ見なされていない、そんな時期でした。

紆余曲折あって、ボイスの展覧会は決まったものの、市立美術館には特別なカタログをつくる予算はなく、できることといったら、一番安い紙に印刷するありきたりな小さなパンフレットくらいでした。そこで、ちょうどその前の年にエディション・ルネ・ブロック(Edition Rene Block)で箱入り作品を発表していたボイスが考案したのが、展示カタログとマルチプル作品を混ぜ合わせた、きわめて実験的でハイブリッドな出版のアイデアでした。マルチプルとは、1点しかないオリジナル作品に対する「量産されたアート作品」のことで、60年代以降にフルクサスがさまざまな方法で発表したことで一般化しました。こうして、ボイスとともに、メンヒェングラートバッハ市立美術館の伝説的な出版物「ボックス・カタログ(通称:Kassetten)」は誕生し、クラダースが館長だった1967年から1978年までの11年間で合計「35箱」の限定ボックスが続々刊行されていったのです。

本書はシリーズ14番目の「ボックス・カタログ」ですが、他にはヨーゼフ・ボイス、ベルント&ヒラ・ベッヒャー、マルセル・ブロータース、ハンネ・ダルボーフェン、ピエロ・マンゾーニ、ゲルハルト・リヒターなど、のちに20世紀を代表するアーティストとして評価される錚々たるメンバーと共に、箱の本が出版されました。

それ自体が独立したアートプロジェクトでもあるこのボックス・カタログは、展覧会の図録カタログの要件は、ほとんど満たしていません。なかには展覧会への言及が全くないものもあるほどです。それでも、美術館の外でも、家の中でも、どこでもアートを体験できるということは、クラダースが実践する「anti-musuem(反美術館)」をもっとも象徴的に表現しているといえます。


参考書:
Die Kassettenkataloge des Städischen Museums Mönchengladbach 1967-1978
2018年にアプタイベルク美術館で展覧会「From Then On: Rooms, Works, and Recollections of the Anti-Museum 1967-1978」が開催され、この型破りな展覧会カタログを初めてまとめた図録が出版されました。


Text by 櫛田 理

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