A Darkened Boat / くらい舟
Bibliographic Details
- Title
- A Darkened Boat / Ein verdunkeltes Boot / くらい船
- Author
- Jon Olav Fosse / ヨン・フォッセ
- Artist
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Editor
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Designer
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Publisher
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Year
- 2019
- Size
- h260 × w260 × d10mm
- Pages
- 31+3 pages / 31+3ページ
- Language
- German + Nynorsk / ドイツ語 + ニーノシュク語
- Materials
- Letterpress and foil embossing on Japanese Urushikoshi paper. Binding made from Kozo-laminated Enduro Ice paper and grooved plexiglass. Box made from Japanese paulownia wood. / 漆濾紙(うるしこしがみ)に凸版印刷と箔押し。 装丁は楮をラミネートしたエンデューロ・アイス紙と溝入りのプレキシガラス。 桐箱。
- Edition
- 33 copies with consecutive Arabic numerals on Urushikoshi paper K93. 10 copies with consecutive Roman numerals on Urushikoshi K141 and 4 sample copies. / 33部は漆濾紙K93にアラビア数字の連番、10部は漆濾紙K141にローマ数字連番、サンプル4部
- Condition
- New
Text by Jon Fosse " A Darkened Boat " / 文 : ヨン・フォッセ「くらい舟」
ノーベル文学賞を受賞した
ヨン・フォッセの記憶をめぐる
ヴェロニカ・シェパスの傑作。
2023年10月5日、ノルウェー出身のヨン・フォッセ(Jon Olav Fosse / 1959年9月29日生まれ)がノーベル文学賞を獲得した。彼は小説家で詩人で、ヨーロッパでもっとも多くの作品を発表している現代劇作家のひとりだ。スウェーデンアカデミーはノーベル文学賞の授賞理由として「言葉に表せないものに声を与える革新的な戯曲と散文」と評した。静けさの詩人とも言われるヨン・フォッセは、本人もじつに控え目で、引っ込み思案な性格なのだという。実際、彼の作中に登場する人物は、名前も性格もどこにでもいそうな「ふつう」の人たちだ。それゆえにか、だれにも共通する感情を呼び起こすことができる、とその類まれな才能が評価された。そんなヨン・フォッセの詩を題材にして、稀代のブックアーティストであるヴェロニカ・シェパスが数十部だけの本を作った。はじまったのは、パンデミック前夜の2019年のことだった。
ヴェロニカの本づくりは、いつも「言葉」からはじまる。先に言魂が在ることは、形ばかりが先行する数多のブックデザイナーと一線を画す。声にならない声に耳を欹て、それにふさわしい身体をこしらえるのが彼女の仕事だ。
2023年5月下旬にFRAGILE BOOKSのアトリエを訪問してくれたヴェロニカ。
桐箱の蓋を開けると、上等な和菓子のような、白く嫋やかな姿をした本が姿をあらわす。直線の集合体にも関わらず、やわらかい肌身を感じさせる。あとで、それが紙そのものの重力が作り出す曲線によるものだと気づいた。1ページ目をめくるとヨン・フォッセの一遍の詩「A Darkened Boat / くらい舟」が、ニーノシュク語とドイツ語で刻まれている。しっかりとした厚みのある透明感のある紙に浮き上がる文字は、さざなみに漂う小さなボートのようでもある。
本なのに触れるのを躊躇するほどに薄い日本の漆濾紙(うるしこしがみ)の重なりは圧巻。ページの中央には、両側から金箔で押された帽子のモチーフ。異国の王様の冠を覗き込むような気持ちになる。その数なんと31種類。これらの帽子はいずれも、この世界に実在する宗教儀礼で使用される「帽子」なのだそうだ。むろん、頭部を守るための帽子ではない。これらの帽子が表すのは信仰や祈願などの精神世界なのである。
なぜヨン・フォッセの「詩」と「帽子」の図案を組み合わせたのか。この超訳と飛躍と越境の自由度がヴェロニカの魅力のひとつなのだと思う。直接本人に聞いてみたら、こんな答えが返ってきた:
ヨン・フォッセの舟の詩を題材にした本をつくると決めてから、ずっと何かのモチーフが降りてくるのを待っていました。そんなある日、テーブルの上に無造作に置いた逆さまの帽子が目に留まったんです。それは帽子だけど、船(ボート)のように見えた。それで帽子を調べていたら、キリスト教もイスラム教もユダヤ教も、日本の神道も、あらゆる宗教に「帽子」が不可欠だということに気がついたんです。それも信仰ごとにいろいろな帽子がある。ヨン・フォッセという人物は、ノルウェーの田舎で生まれて独自の宗教文化の中で育ち、2012年にはカトリックに改宗した経験を持っていたから、あらゆる点をつなぐことができる帽子がモチーフにピッタリだと確信しました。
帽子は、ひっくり返った舟だったのだ。ヨン・フォッセは、ノルウェーで2番目に大きなフィヨルド「ハルダンゲルフィヨルド」の中腹にあるストランデバルム村で生まれた。大学に入り比較文学を学び、ノルウェー西部の地方特有の文語、ニーノシュク語で書き始めた。卒業後は劇作家として活躍し大成功を収めた後、カトリックに改宗。2022年、米ニューヨーク・タイムズの取材で、自身の幼少期についてこんな風に語っている:
私や周りの子供たちはとても自由に育った。7、8歳の頃には一人でボートに乗ることも許された。特に夏から初秋にかけて、午後や夜に父と一緒にボートに乗って釣りに出かけたのが、私の成長期における最高の思い出だ。暗くなってからボートに乗り、この風景、この岸辺で......絵という言葉は好きではないが、色や音のように感じるこのような絵だ。私は書くときに何かを明確に、あるいは文字通りに想像することはない。それは聴くという行為だ。何かに耳を傾けるということなんだ。
つまり、ヴェロニカが選んだ詩「くらい舟」は、まさにヨン・フォッセ自身の記憶と経験から生まれた作品だといえる。フィヨルドの未知の世界、暗闇と水の静けさについて、海の真ん中に浮かぶボートの上で過ごしたその時間について書かれている。ヴェロニカはこの詩について下記のように言葉を寄せている:
彼の詩のなかの景色は、夢と現実の境界を曖昧で、それはほとんど宗教的あるいは神秘的な体験と言えます。光と闇、天と地、存在と不在といった一対の要素が「ひとつのボート」に相乗りしているんです。そう、まるでノアの箱舟のように。私は帽子のイラストを描くことを思いついて、31枚の帽子の絵を描いた。それぞれ宗教的あるいは精神的な文脈で着用されている帽子を表している。直線的なドローイングと部分的な曲線のおかげで、帽子はボートを連想させ、フォッセの「くらい舟」と対話することになる。
In his poem: A Darkened Boat Fosse describes the existential experience of being carried and protected by this boat; it is almost a religious experience, blurring the boundaries between dream and reality. Fosse contrasts opposing elements: light and dark, heaven and earth, presence and absence, all coming together in the unifying element of the boat. Like Noah’s ark, it draws everything into its protective embrace. The image of the darkened boat as a protective vessel gave me the idea of working with illustrations of head coverings. Each of the 31 drawings in this book represents a head covering worn in a religious or spiritual context; they come from various faiths around the world. Thanks to the straight-line drawings and partial rotation, the protective hats are also reminiscent of vessels, entering into a dialogue with Fosse’s darkened boat.
真っ白な水面に浮くいくつもの冠は、
一人の男のしあわせな記憶と共に輝き続けるのである。
Text by Ema Otobe