絵本になる前の絵はがき|寸評:荒井良二


今年の春、絵本作家、荒井良二さんの新刊『絵本になる前の絵本』刊行を記念して、特別企画を開催しました。『絵本になる前の絵本』のテーマでもある「なつかしい風景」を絵のコンテストではなく、荒井さんが「あれ、この景色見たことある気がする」と感じた絵はがきの送り主になにか特別なお礼をお届けする、というおたのしみ企画。

今回は特に荒井さんの心に響いた「なつかしい風景」を選んでいただく企画でしたが、ハガキを見ていく内に、力作ばかりで「No.1を決められない!」ということで、編集部が検討した末に、ベスト4に選ばれた皆さんには荒井さん直筆の寸評カードとオリジナル切手を、それ以外に選ばれた方にはオリジナルポストカードをお贈りすることになりました。※当選は発送を以って替えさせていただきます。

季節はすっかり過ぎ去って、まだまだ暑い日が続きますが暦の上では秋のようです。荒井さんによる、寸評をおたのしみください。

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酷暑のつづく7月の昼下がり、約束の場所に颯爽と現れた荒井さん。

「たくさん届いたね〜」と微笑みつつ、絵も去ることながら、裏面のエピソードにも一枚一枚じっくりと目を通していた荒井さん。「エピソードを読んだ後にあらためて絵を見ると、ひと味もふた味も違うねぇ」と小さく声をこぼしながら、みなさんから届いた「なつかしい風景」を寸評していただきました。

荒井さんは、まず、背景(下地)のゴールドをうまく使えている=真っ白なハガキではできない表現が出来ている、という点に着目。何度も繰り返し手にとって見ていくと「この人は、きっと途中で白が使えることに気づいたんじゃないかな」と荒井さん。

「このおにぎりもうまいな〜。構図がすごくいいし、この背景があってこその白い色を本当にうまく使ってる」とじっくり鑑賞。
「このうしろ姿はなんだろう」と手にとってエピソードを読み進める内に、荒井さんが絶賛した一枚がこちら。慣れ親しんだ家を離れて引っ越した後、もう一度その家を訪れて扉の前に立つ自分を描いた作品だそうで、その視点やゴールド下地の活かし方にもはっとさせられます。

「何してるのかな、随分悲しそうな顔だなぁ」とエピソードを読んでみると、子供の頃お母さんに髪を切られて嫌だった思い出、とのこと。鏡に映った表情に、そのときの気持ちがすごくよくあらわれてる、と荒井さんも感心。

書籍『絵本になる前の絵本』で、荒井さんも何点か山や海の絵を描いていますが、このハガキ企画でもたくさんの方が風景画を描いてくれました。幼い頃に家族と出かけた海や山、昔暮らした団地など、荒井さんの描いた黄昏(ゴールド下地)が、過ぎた日の光のように感じられる、あたたかみのある「なつかしさ」がハガキから溢れます。「色をたくさん使ったとしても、この絵みたいに、淡い色でまとめて、このハガキでしか出来ないことに挑戦しているのがいいと思う」としみじみ手にしていた山の絵。

「この人は、普段から絵を描いてる人かな。色づかいがすごく細かいし、サイドミラーとか窓の外の描き方がうまい。スピード感があるよね」と荒井さん。このなんとも強烈なインパクトの絵の背景には、故郷の母校で試験監督を任された作者さんが遅刻しそうになり、運転してくれたおばあさまに怒られたというエピソードが。おばあさまの怒っている様子がその表情から生々しいほど伝わります。
「どんなに絵がうまくても、下地のゴールドの存在を感じないほど彩色して埋められてしまうと、このハガキじゃなくてよかったんじゃないか?と思う。ずっと絵を勉強してきましたっていう人たちの中には、頭を使いすぎてる人もいるのかもしれないなぁ...」と少し心配のご様子。その先に待っていたのは、「うまくないのにカッコいいってことがあると思う」と言いながら、ボールペンで街角が描かれた作品を手に「好きだな〜」を連発していました。
「これは、子どもが描いたのかな。こういう絵を見るとなんか安心するよね、なんてことないんだけど。」
「絵葉書のお手本みたい、椿の花かな。この絵も真っ白ハガキじゃ全然味も素っ気もないけど、このゴールドが背景にあるといいよね。」
こうして皆さんの絵を見るのは面白い、と何度もおっしゃっていた荒井さん。皆さんもぜひ、真っ白ではない紙の上に絵を描いてみてください。いつもと少し違う景色が立ち上がるかも知れません。

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横須賀美術館での大規模な展覧会がスタートしたばかりで、多忙を極めていた荒井さんでしたが、一枚いちまい大切に手に取りながら、絵はがきを描いてくれた皆さんへの思いがたっぷりと溢れたひとときでした。

                                           

※当選発表は、当選者の方にメールにてお届け先を確認させていただいた後、プレゼントの発送を以って替えさせていただきます。



Interview by 乙部恵磨

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荒井さんとFRAGILE BOOKSは、今年の冬にオリジナル企画を計画中です。どうぞご期待ください。


<ご案内>
荒井良二さんの展覧会「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」は、2023年10月4日[水] – 12月17日[日]に千葉市美術館で開催されます。